大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1359号 判決 1983年1月20日
控訴人
中島高士
右訴訟代理人弁護士
中村良三
同
野田底吾
同
羽柴修
同
永田徹
被控訴人
川崎重工業株式会社
右代表者代表取締役
長谷川謙浩
右訴訟代理人弁護士
北山六郎
同
土井憲三
同
多田徹
被控訴人
有限会社大正保温工業所
右代表者代表取締役
山野井萬
右訴訟代理人弁護士
前田貢
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一申立
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し、各自金一八四三万二八九四円及び内金一七三三万二八九四円に対する昭和四七年一二月九日から、内金一一〇万円に対する判決言い渡しの翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに第一項について仮執行の宣言を求め、被控訴人らは主文と同旨の判決を求めた。
第二主張
次に掲げるほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。(但し原判決六枚目裏一行目「である昭和五六年四月二八日」を削る。)
一 控訴人
(一) 本件事故当時事故現場である第四ホールド内Bスペース第三デッキ開口部には安全ネットは展張されていなかったのみならず設置されてもいなかったのであって、このことは防熱工事中塗装作業時には作業の妨になるとして安全ネットは撤去されその塗料が乾燥してから行われる防熱前検査(当日は午後一時から行われた。)時には撤去されたままになっていたものが、検査開始から約三〇分後である本件事故時(この点原判決二枚目裏一一行目午後二時四〇分とあるのを午後一時三〇分と改める。)迄に設置する時間的余裕がないことからも明らかである。
(二) 仮に右時刻に同所に安全ネットが設置されていたとしても、その展張は治具を活用せねばならず説明をうけなければ操作は容易でないのに被控訴人らは下請業者や労働者に対し右の展張操作等安全教育をしていない点で義務違反がある。
(三) 更に被控訴人らには安全ネットを設置するだけでは足りず自ら展張すべき安全配慮義務があるのにこれを怠った。
(四) 当時防熱材のホールド内への搬入作業に当りクレーンによってつり下げられたパレットに乗って作業することは常態であった。被控訴人らが控訴人ら労働者に搬入指示をすればパレットや荷物に乗らなければ荷降しができない以上、これを強いられることになるが、被控訴人らはこの点の安全教育を全く行っていなかった。
(五) 被控訴人大正保温は、右のようにパレットに乗っての作業をさせ乍ら、くり返し主張したように安全ネットを展張せず又命綱も着用させなかった(この点原判決四枚目表一行目及び同枚目裏四行目「安全ネットを展張すべき義務」とあるのを「安全ネットを展張し、命綱の着用を指導確認すべき義務」を加える。)
(六) 被控訴人川崎重工は特定元方事業者として本件搬入作業に当り、安全ネットの展張、命綱着用の指導確認義務及びこれが是正指示の為の巡視、監視義務があるのにこれを怠り、本件事故当時現場に従業員は誰もいなかった。
二 被控訴人
右各主張はいずれも否認する。
右(一)の主張に対しては、防熱前検査が午後一時に始り通常一時間ないし一時間半要することと、本件事故現認者が被控訴人川崎重工関係者に全くいないことからみても本件事故発生時刻を午後一時三〇分と改めたことは全く不合理であり且つ証拠にも反するのである。
のみならず防熱前検査の際には船主側代表も立会う為安全ネットを展張して一層の安全を期するものであり本件当時もその通りであったので、控訴人の主張は全くその前提を誤ったものである。
その他の各主張については原審以来主張してきたとおりで、特に再説しない。
第三証拠(略)
理由
当裁判所も控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は次に付加するほかは原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。当審における控訴人本人の供述中右認定説示に反する部分は採用できない。(但し原判決一二枚目裏末行から同一三枚目表一行目にある「二時四〇分ころ」を削り、同一四枚目裏六行目「つい下げられた」とあるのは「つり下げられた」の誤記と認める。)
一 控訴人は、本件事故当時一一八一番船の第四ホールド内のBスペースの第三デッキ開口部には安全ネットが特設されていなかったと主張し、本件事故発生の時間を、午後一時三〇分ころと変更して主張し、当日午後一時から防熱前検査が行われたことから時間的に安全ネットの設置は不可能であったというのであるが、(証拠略)によると、一一八一番船第四ホールドの防熱前検査は本件事故当日の午後一時より始められたこと、右検査には一時間ないし一時間半位を要するもので、その終了後に資材(断熱材)を第四ホールド内に運びこんだと考えられること、右検査は造船所である被控訴人川崎重工にとっては客にあたる船主側の検査員(船主監督)数名、被控訴人川崎重工の担当者数名等立会のうえ行われ、そのため転落防止等安全面には特別の注意が払われていたので安全ネットの展張がないとは思われないこと、防熱工事はマーキングから始まり、木枠固定用ピースボルトの溶接工事、木枠の取付工事、防熱材の敷設工事を経てホールド内壁に板を張る工事で終るが、通常安全ネットは火気工事である溶接工事終了後設置されるので、本件の場合右溶接工事が終了した一一月下旬ころには安全ネットの設置がなされ且つ展張されたと考えられること(控訴人は原審において溶接工事の後塗装作業が行われ、その際ホールド内にあるものはすべて外に搬出されるので安全ネットもその例外ではないと言うのであるが、<人証略>によると安全ネットの設置が塗装作業を妨げるものではないと認められるので採用できない。)本件事故の目撃者は控訴人に雇用されその下で働いていた山田順、被控訴人大正保温の社員小谷忠司、遠山数義の三名以外に無く、被控訴人川崎重工の関係者は本訴にいたるまで右事故を知らなかったこと等の事実が認められ、右事実と(証拠略)によると、原審認定のとおり、本件事故発生当時右第三デッキ開口部には安全ネットが特設されていたもので、且つ右事故の時間は(人証略)のとおり午後二時四〇分ころであったことが認められる。
原審及び当審における控訴人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれを覆すに足るものはない。
二 次に控訴人は、被控訴人らは安全ネットを展張すべき義務の外に命綱の着用を指導確認すべき義務がある旨主張するが、前記のとおり本件事故当時一一八一番船の第四ホールド内のBスペースの第三デッキ開口部には安全ネットが特設されており、その展張は容易であった(この点控訴人は安全な展張を保ち展張の強度を均一化するためには改造万力かワンドル、中間補強万力などの治具が活用されており、治具についての説明がないと操作は容易ではないと主張し、<証拠略>中には一部治具の活用についての記載があるが、<人証略>によると原審認定のとおりその展張は極めて容易であったことが認められる。)うえ、被控訴人らにおいてパレットが第三デッキの開口部を上下するとき以外は常時安全ネットを展張するよう教育し、又クレーンによってつり下げられたパレット上での作業についても厳重に注意していたことは原審認定のとおりで(パレット上の作業が常態であったとの控訴人の当審主張は認め難い。)そのうえ、原審における控訴人の供述によると、控訴人は従前から被控訴人大正保温の下請業者等として、被控訴人川崎重工の構内で右と同種の作業を繰り返し行っていて当該業務に精通した熟練者であったことが認められ、このような本件の場合、被控訴人らとしては原審認定程度の義務を尽くせば足り、このうえ更に命綱の着用まで指導確認(もっとも<証拠略>によると被控訴人川崎重工は当時命綱の使用励行にもつとめていたことがうかがえる。)すべき義務を負うものではないし被控訴人川崎重工としてもこの程度の作業に逐一係員をして現場監視をさせる迄の義務を負うものでもないと言わなければならない。
三 そうすると原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 西池季彦 裁判官 亀岡幹雄)